中国前漢時代の学者・劉向が戦国時代の言説、国策、献策、その他の逸話をまとめあげた書『戦国策』の『楚策』より。「虎が狐を食おうとしたところ、狐は自身が天帝から百獣の王に任命されているため、食べたら天帝の意にそむくことになると伝えた。嘘だと思うならついて来い、と言われた虎は、狐の後に続くと、行き合う獣たちはみな逃げ出していく。虎は獣たちが自分を恐れていたことに気づかず、狐を見て逃げ出したのだと思い込んだ。」という記述から。, ルールを守るためには、たとえ肉親や親しい人であろうと己の情を捨て、切り捨てないといけないという意味である。, 【故事】 ②いい加減なやり方で、手落ちの多いこと。ぞんざい。, 【故事】 故事成語とは、ある故事がもとになってできた言葉です。故事とは、昔の出来事のことで、故事成語のほとんどは中国の古典に書かれた話からできています。, この記事では、沢山ある故事成語の中でも、厳選して有名な故事成語を100個にしぼり意味と故事付きで掲載しました。, 小・中学生はもちろん、高校生も大学生も、そして大人の方の勉強としても十分活用できます。, また、それぞれの故事成語の上の⭐️印は知っておきたい故事成語の重要度を表しています。, 【故事】 「史記・准陰候」に「敗軍の将は以て勇を言うべからず。亡国の大夫は以て存を図るべからず(戦に負けた将軍は武勇について語る資格がない。滅んだ国の家老は国の存立を考えるべきではない)」とある。 戦いに敗れた者は、戦いの経緯や武勇について語る立場ではないという意味から、失敗した者が弁解がましく発言したりすべきではないという戒め。, 背後に川などがあると後退できないので、軍勢は必死に戦う。同じように一歩も退けない覚悟で全力を尽くして事に当たること。, 【故事】 北夢瑣言。「天荒」は天地が分かれる前の混沌とした状態。中国の唐時代、官吏になるための試験に合格者を出したことのない、荊州(現在の湖北省)は天荒と呼ばれ、そこから合格者が出た時に天荒を破ったと言われたという故事による。, 善し悪しも考えずに、やたらに人のまねをする。また、他人にならって物事をするのを謙遜していう言葉。, 【故事】 漢(かん)の国の武将の班超(はんちょう)が軍を率いて西域(せいいき)に送られた。西域の国では手厚く接待されていた のに、ある日を境に冷たくされるようになった。調べてみると、漢(かん)の国の敵である北方の匈奴(きょうど)の国の使者が来ているためとわかった。班超(はんちょう)は、「虎の穴に入らなければ、虎の子をとらえることはでない。」といって部下を励まし、匈奴(きょうど)の軍の中に突撃(とつげき)をし、全滅(ぜんめつ)させたことから、この語ができた。(後漢書), 物事の状況や手掛かりがつかめず、判断に迷うこと。事情がわからない中、手探りで行動すること。, 【故事】 中国の戦国時代に、梁の恵王が「自分は、凶作の地にいる民を豊作の地に移住させるなど、常に人民に気を配っているのに、なぜ各地から人民が集まらないのだろうかと孟子に尋ねたところ、孟子は「戦場で五十歩逃げた者が、百歩逃げた者を臆病者だと嘲笑したら、どう思うかというたとえ話をした。「逃げ出したことには変わりないのだから同じだ」と答えた恵王に、孟子は「その道理がわかっておられるなら、人民の数が他国より多くなることなど望まないことだ(人民が苦しむのを凶作のせいにしていては、他国の政治と大差はない)」と言ったという故事に基づく。同様の立場にありながら、相手を嘲笑する愚かさをいう。, 虎の子を捕らえるには虎のいる洞穴に入らなければならないように、危険を冒さなければ大きな利益や成功は得られないということ。, 【故事】 中国・唐の曹松(そうしょう)「己亥歳(きがいのとし)」による。唐の時代の末期には、各地に多くの戦乱が起こっていた。将軍が功名を争う陰には、犠牲になった無名の兵などたくさんの屍(しかばね)が戦場にさらされていることを嘆いたことが由来。, 烏(からす)の集まりということで、数は多いが、まとまりがなく役にも立たない人々の集まりをたとえたことば。, 【故事】 「巻」は、昔の中国の官吏登用試験の答案。最優等者のものをいちばん上にのせたところから。, 【故事】 唐の詩人杜牧が、漢の劉邦に敗れた楚の項羽の死を惜しんで、「江東の子弟才俊多し、捲土重来未だ知るべからず」と詠んだ詩から。江東の子弟には優れた人材が多い。再び兵を起こし、土を捲く勢いで来たならば勝敗はどうなったかわからないのに、という意味。, 【故事】 薪(たきぎ)の中に寝て、苦い胆を嘗めることの意味。春秋時代、呉王夫差は、父の仇を忘れないために、薪の上で寝ることにより自分自身を苦しめ、その屈辱と志を忘れないようにして、越王勾践を破った。また、敗れた勾践も苦い獣の胆をなめることにより、その復讐心を忘れないようにして、その後、見事に呉王夫差を打ち破った。, 【故事】 唐(とう)の国の詩人賈島(かとう)は、自分の作品中の語句の「僧は推す(おす)月下の門」の一句を「僧は敲く(たたく)月下の門」にするべきか迷っていた。ロバに乗って考えにふけっていた賈島(かとう)は、有名な詩人の韓愈(かんゆ)の行列につっこんでしまった。韓愈(かんゆ)は、その非礼(ひれい)を怒るどころか、「敲く(たたく)」の方がよいと教えてくれたことから。, ①著作で、誤りが多く、いい加減なこと。 小学生で習うことわざは約200個です。当サイトでは 2500個以上 のことわざを掲載しています。 小・中学生はもちろん、高校生も大学生も、そして大人の方の勉強としても十分活用できます。 「顰み」とは、眉間にしわを寄せること。 「荘子」「天運」より。美女の西施が、心臓の病のために苦しげに眉をひそめたのを醜女が見て、美しいと思い、自分もそのまねをしたが、それを見た人は気味悪がって門をとざしたことから。, 【故事】 2016年3月11日 2020年5月11日 「目は口ほどにものを言う」「足がぼうになる」など、体の部分が入った慣用句、ことわざ、故事成語はたくさんあります。 自主学習ノート、家庭学習ノートづくりの資料として、体の部分ごとにまとめてみました。. 「後漢書(ごかんじょ)」朱浮(しゅふ)昔、遼東に住む男の家に、頭の毛が白い豚の子が生まれた。これは珍しいからと王に献上しようと思い、河東まで行ったところで豚の群れを見たら、そこの豚はみんな頭の毛が白かった。そこで男は恥ずかしくなって、こそこそ引き返してきたという故事に基づいている。, 良い薬は、苦くて飲みにくい。人の忠言は聞きずらいものだが、ためになる。という事のたとえ。, 【故事】 小学生で習うことわざは約200個です。当サイトでは2500個以上のことわざを掲載しています。小・中学生はもちろん、高校生も大学生も、そして大人の方の勉強としても十分活用できます。, 有名な慣用句を中心に1500語以上をとりあげています。慣用句は二つ以上の言葉が組み合わさって、もとの言葉とは全くちがった特別の意味に使われるおもしろい言葉です。子供から大人まで楽しめます。, 当サイトに収録したことわざ・慣用句についてジャンル別にまとめて読の順で配列しました。, 沢山あることわざの中でも、厳選して有名なことわざを100個にしぼり意味付きで掲載しました。, 沢山ある慣用句の中でも、厳選して有名な慣用句を100個にしぼり意味付きで掲載しました。, 簡単なことわざクイズ100問です。絶対にしっておくべきことわざばかりですので全問正解を狙いましょう。, 超難問のことわざクイズ問題です。正解率50%でも十分すごいので、繰り返し頑張りましょう!, 中学生用に、高校入試やテストによく出題されることわざを集めました。中学生が絶対に覚えておくべきことわざを厳選しましたので、この記事で紹介していることわざは全て確実に覚えておきましょう!, 中学生用に、高校入試やテストによく出題される慣用句を集めました。中学生が絶対に覚えておくべき慣用句を厳選しましたので、この記事で紹介している慣用句は全て確実に覚えておきましょう!, 沢山のことわざの中でも、特に小学校でも習う有名なことわざに厳選して200個ご紹介します。意味も合わせて載せてありますので、全体を通して見る事ができますし、初めてことわざに触れる人や中学受験にもオススメです。, 漢数字を含んだことわざ一覧になります。一部に慣用句や四字熟語も混ざっています。数字のことわざの逆引き検索にお使いください。, ことわざとは何か?慣用句とは何か?『ことわざと慣用句の違い』について解説しています。, 当サイトの中から、『努力・忍耐』を表すことわざを50音順に100個集めました。今現在、頑張って何かしら努力をしている全ての人にお届けします。筆者は諦めないで頑張る人は絶対に報われると信じています。, 『恋愛・片思い・結婚』を表すことわざを集めました。「恋愛している人」「大好きな人に片思いをしている人」「結婚を考えている人・悩んでいる人」今現在、恋や結婚生活で悩んでいる全ての人にぴったりの言葉をお届けします。, 当サイトの中から、『ダメ人間・愚か者』を表すことわざを50音順で集めました。反面教師にしてください。, 『悪い意味・不幸・物事がうまくいかない』を表すことわざを50音順で集めました。反面教師にしてください。, 『素晴らしい・優れている人』に関することわざを50音順で集めました。あなたの素晴らしい人生にきっと役立つはずですよ。, 日本と海外の『犬』にまつわることわざと慣用句を100個集めました。犬好きの人は是非ご覧あれ。, 数ある故事成語の中から、サイト管理人が「これはかっこいいな!」と思った故事成語トップ30をランキング形式にしました。, 当サイトに収録している体の部分が入っていることわざと慣用句を集め、パーツごとに分類わけしました。, あなたの2020年の人生運・仕事運・恋愛運・友だち運・お金運をことわざで診断します。, 四字熟語を楽しく学ぶために作られたサイトです。辞書に掲載されている4000個以上の四字熟語を掲載しています。, 三字熟語を楽しく学ぶために作られたサイトです。四字熟語の百科事典の姉妹サイトで、様々な三字熟語を掲載しています。. 「逆鱗(げきりん)」とは、竜のあごの下に逆さに生えた鱗(うろこ)のこと。人がその鱗に触れると、竜が必ず怒ってその人を殺してしまうという伝説があった。「韓非子(かんぴし)」税難(ぜいなん)より。「その喉下に逆鱗径尺なる有り、若し人これにふるる者あらば、則ち必ず人を殺さん。人主も亦た逆鱗有り、説く者は能く人主の逆鱗にふるること無くんば、則ち幾からん」(君主にも逆鱗というものがあるので、君主に意見を述べるときには、その逆鱗に触れないように気を付けることが大切だ)と説いたことから由来している。, 【故事】 中国、趙(ちょう)の都・邯鄲(かんたん)で、盧生(ろせい)という貧しい若者が宿で呂翁(りょおう)という道士から不思議な枕を借りて寝た。すると、出世して50年余りの栄華を極めて一生を終えるという体験をした。しかし、目が覚めてみると宿の主人が炊いていた粟もまだ煮え切らないほどの、短い時間だったということから。, お互いのことを理解して、信頼しあうこと。利害のあるなしに関わらず、親密な交際のたとえ。, 【故事】 『史記(司馬遷による、中国の歴史書)』「留侯世家」より。都を占領してすっかり気の緩んだ劉邦(りゅうほう)に対して、軍師の張良(ちょうりょう)が、人の戒めを聞くよう忠告した時の言葉。, ・身にふりかかる災難(さいなん)を活用(かつよう)して、自分に役立(やくだ)つものとして利用するさま。 「史記(しき)」蘇秦(そしん)戦国時代に、六国「韓(かん)・魏(ぎ)・趙(ちょう)・燕(えん)・楚(そ)・斉(せい)」が合従(がっしょう)して、大国秦(しん)に対抗すべきだと主張した蘇秦は、韓の宣王に「小国であっても、一国の王として権威を保つべきである。秦に屈服してその家臣に成り下がってはいけない。」と、説いたということに基づく。, 古い習慣や過去に偶然成功した経験にこだわり、いつまでも進歩がなかったり融通がきかない事。, 【故事】
 中国の思想家・荘子の書いた「秋水」の中の「井蛙不可以語於海者、拘於虚也」という言葉が由来となっています。意味は、井戸の中のカエルに海の話が通じないのはカエルが井戸という狭い世界にとらわれているから、という内容です。ここから、物の見方や考え方が狭い人を指して使うようになりました。, どんなに微力だろうと、それを諦めず継続していけば、いつの日にか努力が実るということをたとえている。, 【故事】 みなさんは学校の授業で「ことわざ」、「慣用句」、「故事成語」、「四字熟語」などを習ったことを覚えていますか? それぞれの単語自体は覚えているけど、あの言葉はどれに当てはまるんだろう?だとか、どの言葉がどれに当たるのかわからいないという人も多いのではないでしょうか? 「慣用句」「故事成語」「ことわざ」「四字熟語」とは 「慣用句」について詳しく 「慣用句」とは 習慣として使われてきたひとかたまりの言葉や文句のこと です。 「慣用句」は、二語以上の単語が結びついて全く異なる意味を形成しているのが特徴です。 ことわざ慣用句の百科事典が大阪市港区、財団法人ことわざ検定協会、Wikipedia、GMO運営ニュースサイト、大阪市立港中学校ホームページに掲載。. 「世説新語(せせつしんご)」黜免(ちゅつめん)より出典。「桓公(かんこう)蜀(しょく)に入り、三峡の中に至る。部伍(ぶご)の中に猨子(えんし)を得る者あり。其(そ)の母岸に縁(よ)りて哀合し、行くこと百余里にして去らず。遂に跳りて船に上り、至れば便即(すなわ)ち絶ゆ。其の腸中を破り視れば、腸皆寸寸に絶えたり。」中国、晋(しん)の武将桓温(かんおん)が蜀へ行こうとして、舟で三峡(長江中流の大渓谷で、古来航行の難所)を通った時に、従者が猿のこどもを捕らえて舟に乗せた。母猿は悲しい鳴き声をあげながら、岸に沿ってどこまでも追いかけてきて、百里以上ついてきたけれどあきらめようとせずに、ついに舟に飛び乗ってきた。しかし、途端に息絶えてしまった。そこでその腹を裂いてみると、悲しさのあまりに腸がずたずたにちぎれていたということに基づいている。, 目の前の違いに心を奪われて、結果が同じになることに気がつかないこと。また、ことば巧みに人をだますこと。, 【故事】 ・何事も、先手を取ることで成功の糸口をつかめるが、後手に回っては勝ち目がない。, 【故事】 「晋書(しんじょ)」王敦(おうとん)管鮑(かんぽう)は、中国春秋時代の斉(せい)の、管仲(かんちゅう)と鮑叔(ほうしゅく)のこと。若い時から二人はとても仲が良く、管仲が貧しかったときには鮑叔は援助を惜しまなかった。そればかりではなく、管仲を斉の宰相に推薦した。管仲は「我を生みし者は父母、我を知る者は鮑叔なり」と、鮑叔を称賛した。二人の親交は、終生変わることなく続けられたと故事にあることに基づく。, 【故事】 前漢時代の「戦国策」(せんごくさく)の「聖人の事を制するや、禍を転じて福と為し(かをてんじてふくとなし)、敗に因りて功を為す」と、「史記」蘇秦列伝(そうさいれつでん)の「臣聞く、古の善く事を制する者は、禍を転じて福と為し、敗に因りて功を為す」からきています。, 人と争わず仲良くするが、自分の意見はしっかり守っていてむやみに人に同調したりしないという意味。, 【故事】 『詩経』の中にある滅びゆく周王朝について述べた部分が元となってできた故事成語。原文は『詩経』大雅・蕩と名付けられた詩です。この詩は全8章で、「有終の美を飾る」はこの第1章の最後に出てきます。ただこの言葉と同じ文字は出てきません。原文の最期にある「鮮克有終」が「有終の美」の元になった言葉です。この歌は西周が滅びようとするのを周の文王に託し、殷の紂王になぞらえて傷み歌ったものとされています。, 【故事】 当サイトに収録したことわざ・慣用句・故事成語の逆引き検索一覧になります。日常生活のちょっとした会話や、手紙、スピーチなど必要な場面で必要な表現をすばやく検索できます。ことわざ・慣用句の逆引き検索辞典としてご活用ください。 元々は『礼記』という書物に記された中国の故事である。孔子は中国の山東省泰安市にある泰山を歩いていると、一人の女性が墓の前で泣き崩れているところ見かける。孔子は女性に涙の分けを聞くと、女性は家族を虎に殺されたという。孔子はそのような危険な土地から去るように勧めるが、女性は「別のとこでひどい政治に苦しめられるよりもここにいる方が何倍も良い」と答えたという。, 自分ではなく他人の利益のために、そそのかされ危険をおかし、酷い目にあうことのたとえ。, 【故事】 「戦国策・斉」より出典。中国の楚(そ)の国で、祠(ほこら)の司祭者が召使に大杯に盛った酒を振る舞った。しかし、召使たちはみんなで飲むには酒が足りないので、地面に蛇の絵を描き、早く描き上げた者が酒を飲もうと提案し、さっそく蛇の絵を描き始めた。最初に蛇を描き終えた者が、酒を引き寄せながら、自分の早さを自慢するために、ついでに足まで描けるぞと描いているうちに、もう一人の者が蛇を描き終えて杯を奪い取った。「蛇に足はない。だから、酒を飲む権利は私にある。」そう言って、その酒を飲んでしまった。, 【故事】 明智光秀が備中(びっちゅう=岡山県)の毛利氏を攻めるため出陣したが急に方向を転じ、「わが敵は本能寺にあり」といい本能寺にいた主君織田信長を急襲したという戦国時代の話から。, 【故事】 晋(しん)の国の葛洪(かっこう)という人が「近ごろは大人物があらわれず、真と偽が逆になり、宝石と石とが入り混じって本当 になげかわしい。」と批判(ひはん)したことからこの語ができた。(抱朴子 ほうぼくし), 【故事】
 後漢の張楷という道士が、五里四方を霧で閉ざす「五里霧」という仙術を使った故事から。後漢(ごかん)の時代に張楷(ちょうかい)という人がいた。張楷(ちょうかい)という人は五里四方(ごりしほう)にわたる霧(きり)をおこす術を知っていた。世間に出るのをいやがる張楷(ちょうかい)は集まってくる人に会いたくないときには、この術を使って姿をかくしたという。もともとは、自分の姿をかくすものであったが、現在の意味のようにつかわれるようになった。(後漢書), 一見簡単そうなことでも、初めて行うのは難しいという例え。どんなに素晴らしいアイデアや発見も、ひとたび衆目に触れた後には非常に単純あるいは簡単に見えることを指す成句である。, 【故事】 出典は「韓詩外伝(かんしがいでん)」です。斉(せい)の荘公(そうこう)が狩りに行ったときにカマカリが前足を振り上げ車の輪を打とうとしたので「これは何の虫だ」と問うと、「カマキリという虫で、進むことしか知らず、退くことを知りません。自分の力量をかえりみず相手に立ち向かっていきます」と答えたことから。, 怒ったために頭髪が逆立って、かぶった冠を突き上げるという意味で、尋常ではない、すさまじい怒りの形相のこと。, 【故事】 黄河の上流に龍門があり、ここをのぼることができた鯉は龍なることができたという伝説がある。漢の国の李膺(りよう)はりっぱな役人で、彼の目にかなった者は立身出世(りっしんしゅっせ)を約束されたようなものだから、たとえの鯉が龍門をのぼったのと同じようなものだということから、この語ができた。, 【故事】 「疑心暗鬼」は中国の春秋戦国時代に書かれた『列子』という書物にある話が元となってできた故事成語です。『列子』という道家(道教)の本にあるお話です。ある人が斧をなくしてしまいました。隣の息子が盗んだのじゃないかと疑います。きっとそうだ。あの歩き方、あの顔色、あのしゃべり方、あの態度…どれもこれも斧を盗んだ人間のものだ。ところがふと気がついて窪地を掘ってみるとそこから斧が出てくるではありませんか。その後その隣の息子をまた見てみると動作も態度も斧を盗んだ人間の様子には見えなかったといいます。, 物事の一部分や細部に気を取られてしまうと、全体を見失うという事。手段を誤れば、何かを得ようとしても得られないという事。また、見当違いで実現不可能な望みを持つ事。, 【故事】
 故事成語は、一つ一つに由来となった歴史や物語があります。 その中から、サイト管理人が「これはかっこいいな!」と思った故事成語トップ30をランキング形式にしました。 この記事で「かっこいい故事成語」を覚えてみてくださいね。 ・不幸なことが一転して幸福に転じるさま。, 【故事】 元々は中国由来の言葉であり、原文は「懲於羹而吹韲兮、何不變此志也」である。羮(野菜や肉を熱々に煮込んだ汁物)を食べたことにより火傷をしたことから、冷たくした羹(生肉や生魚を酢で和えたもの)でも用心深く吹いて冷ましてから食べる、そんな姿をたとえている。春秋戦国時代を代表する詩人とし有名であった屈原(くつげん)の詩であり、中国戦国時代の王国・楚にあった詩を集め、全17巻にも及ぶ詩集として有名な『楚辞』九章・惜誦編に収録されてある。, 【故事】 「大同小異」の故事は、中国の戦国時代に書かれた『荘子』(そうし・そうじ)の中に出てきます。『荘子』は荘子、つまり荘周によって書かれた思想書で、故事成語「大同小異」はこの本の第3部「雑編」の最後の項目「天下」に出てきます。「大同而与小同異、此之謂小同異。万物畢同畢異、此之謂大同異」がそれです。意味は「世の中には大同にして小同と異なるものがあり、これを小同異という。これに反して万物ことごとく同じく、ことごとく異なるものがあってこれを大同異という」ということ。, 他人の失敗や、誤ったり劣っている言動は、自分の為に利用する事が出来るという事。知徳を磨いたり、反省材料にする際に参考になるという事。, 【故事】
 中国北辺の塞の近くに住む塞翁という老人の馬が逃げたが、やがて駿馬を連れて帰ってきた。塞翁の息子がこの馬から落ちて足を折ってしまったが、そのために兵役を免れて命を長らえたという故事による。, ・人よりも先に物事を実行することによって、相手を抑え、有利な立場に立つことができる。 中国の「漢書(かんじょ)趙充国伝(ちょうじゅうこくでん)」にある言葉が由来。「百聞は一見に如かず。兵はるかに度(はか)り難し。臣願わくは馳せて金城(きんじょう)に至り、図して方略をたてまつらん。」戦のことは遠く離れたところにいたのではわかりません。私が金城に駆け付けて状況を探り、図に書いて作戦計画を奏上いたしましょう。とあることに基づく。, 時勢や情勢に合わせた対処の方法のこと。もとは軍を指揮するときの四つの心構えのこと。風のように速く行動して、林のように静かに機会を待ち、火のように激しく襲い掛かり、山のように動かずに構えるという意味。孫子の中の句を略した言葉で、武田信玄が旗印に使ったといわれている。, 【故事】 中国前漢時代の討論会(塩鉄会議)の記録を、政治家・学者の桓寛が60篇にまとめた書物『塩鉄論・詔聖』より。「死して再びは生きずとなれば、窮鼠も狸(野猫)を噛む(死に物狂いになった鼠は猫を噛むこともある)」という記述から。, 【故事】 「後漢書」の中の「今東帝無尺寸之柄、驅烏合之眾、跨馬陷敵、所向輒平」が由来です。東帝(劉秀・りゅうしゅう)が王郎と戦う事になりましたが、敵は兵の数が多いため、東帝は王郎を倒せるか心配になりました。すると部下が「王郎は烏合の衆を集めただけだから、この戦は勝てますよ」と言って東帝を励ましました。そこから、統率のない群衆や軍勢をあざけて、烏合の衆と呼ぶようになりました。, 遠国と親交を結び近国を攻略する外交政策。遠い国と手を結び、背後から牽制(けんせい)させながら近い国を攻める策。遠い国は最後に攻めるという策略。, 【故事】 日本の戦国武将・武田信玄の軍の旗印として有名な「風林火山」ですが、これは元々『孫子』の中に出てくる言葉です。『孫子』の軍争篇で孫子は、戦術の基本は敵をあざむくことだ、と言っています。そしてその行動は変幻自在のものでなければならない、と。風のように行動したかと思えば、林のようにシーンと静まり返り、燃え上がる火のように襲いかかったかと思えば、山のように微動だにしない。ここがいくさでの変幻自在を説いた「風林火山」の部分です。, 一度離縁してしまった夫婦の仲は元に戻らない事。また、一度してしまった失敗は取り返しがつかないという事。, 【故事】
 中学国語の「慣用句」についてまとめています。慣用句・ことわざとは、何か、そして、それぞれの意味を理解することが大事です。一般教養として生活の中でも生かせるといいですね。覚えておきたい慣用句2つ以上の言葉が結びついて、もとの言葉とは別の意味を きわめて親密な付き合いの事。, 【故事】
 中国の戦国時代に張儀が、魏王に秦と連合することを説いた話から。「高枕」ともいう。, 【故事】 「晋書」より。貧しくて灯火用の油が買えないため、車胤は蛍を集めた光で、孫康は窓辺の雪明かりで読書したという中国の故事から。, 【故事】 崔林(さいりん)はあまり目立たず、人々からはおろか者と言われていた。しかし、いとこの崔えん(さいえん)という人だけは、「大きな鐘は、そうそう、やすやすとはできない。大きな才能もそれと同じで完成までに年月がかかる。」と言った。崔林は成人すると、その才能をりっぱに開かせ、地位の高い人物になった。(老子), 【故事】 春秋時代、敵同士の呉と越の人でも、乗り合わせた舟が嵐で転覆しそうになれば互いに協力し合うだろうという孫子の言葉からきている。, 【故事】 「左伝哀公十七年」にある故事から。諸侯が同盟を結ぶ儀式で、盟主が牛の耳を割いて血を採り、これを順番にすすったということから。, どんなに弱い者でも、絶体絶命の窮地に追い詰められれば、強い者に逆襲することがあるという事。弱い物を侮ってはいけないと言う事。また、逃げ場のないところに人を追いつめてはいけないと言う事。, 【故事】
 中国最古の詩編『詩経』の『小雅・鶴鳴』篇にて、「他山の石、以て玉を攻むべし」とあるのに基づく。「よその山から出た粗悪な石でも、自分の玉(宝となるもの)を磨く砥石として利用できる。」という意味から。, 【故事】 「豊臣秀吉」と「明智光秀」が争ったとき、「筒井順慶」が京都と大阪の境にある「洞が峠」で陣を張り、どちらか戦況が有利な方に味方しようとしたという故事から出た言葉。, 【故事】 戦国時代、大和郡山(やまとこおりやま)の城主、筒井順昭(つついじゅんしょう)の病死を隠しすため、顔や声がよく似た木阿弥(もくあみ)という平民を替え玉とし、順昭の子が成人するまで、城主として人の目をあざむきました。その後、順昭の子が成人するとそれまで城主として生活していた木阿弥は、元の身分に戻されてしまったという故事から。, 【故事】 楚の人が、人を突く武器である矛(ほこ)と身を守るための盾(たて)を売っていた。そして、「この盾は頑丈で、どんな武器でも突き通すことができない。」と言い、また「この矛は鋭く、どんなものも突き通すことができる。」と言った。その時、ある人が「それでは、あなたの矛であなたの盾を突いたらいったいどうなるのか」と尋ねたところ、その人は何も応えることができなかった。, 心が清く澄み切っていて邪念のない心境のたとえ。「明鏡」は曇りが一点もないきれいな鏡のこと。「止水」は止まっていて澄み切った水のこと。, 【故事】 故事成語とは、ある故事がもとになってできた言葉です。故事とは、昔の出来事のことで、故事成語のほとんどは中国の古典に書かれた話からできています。故事成語は、一つ一つに由来となった歴史や物語があります。その中から、サイト管理人が「これはかっこいいな!... 当サイトに収録したことわざ・慣用句・故事成語の逆引き検索一覧になります。日常生活のちょっとした会話や、手紙、スピーチなど必要な場面で必要な表現をすばやく検索できます。ことわざ・慣用句の逆引き検索辞典としてご活用ください。メディア掲載情報➡︎メ... ことわざ慣用句の百科事典が大阪市港区、財団法人ことわざ検定協会、Wikipedia、GMO運営ニュースサイト、大阪市立港中学校ホームページに掲載。. 史記に由来する言葉。江西のひとびとが、秦に対して反乱を起こした時に、殷通(いんとう)という長官が項羽に対して、「先んずれば即(すなわ)ち、人を制し、後(おく)るれば、則(すなわち)人の制するところとなる。」と、言ったことが由来。人よりも先に行動を起こすことで、人の先頭に立ち指示を出すことができるが、人の後から行動を起こしてしまえば、人に指示をされて支配されてしまう。という言葉からできた故事成語。, 【故事】 戦国時代に、相模(さがみ・神奈川県)の小田原城の北条(ほうじょう)氏が、豊臣秀吉(とよとみひでよし)の軍勢に攻められて包囲されたときに、戦いを続けるか和睦(わぼく)すべきかを相談していたが、なかなか意見がまとまらなかったことで、ずるずると滅亡に落ち込んだ、という故事に基づく。, 前に学んだことや昔の事柄をもう一度調べたり考えたりして、新たな道理や知識を見い出し自分のものとすること。古いものをたずね求めて新しい事柄を知る意から。, 【故事】 「荘子」徳充符より。「明鏡(めいきょう)」とはくもりのない鏡のこと。「止水(しすい)」とは波の立たない静かな水面のこと。どちらも、ありのままに姿や形を写し出すことができたことから、この語ができた。, 子どもは周りの影響を受けやすいので、子どもの教育には環境を整えることが大事であるということ。, 【故事】 元々は中国の故事であり、『史記』という書物に記されている。中国の春秋時代後期に越の王として天下を取り、後に春秋五覇の一人として名が挙がった勾践(こうせん)が天下を取る以前の話が元になっている。呉の王・夫差(ふさ)と会稽山という中国の紹興市南部にある山で戦うも敗れ、夫差から様々な屈辱を与えられる。その時の苦しくも悔しい想いを“会稽に恥”と勾践が表現したことから転じてきている。, 学問を修めるためには、一つ一つの基礎を積み重ねて学んでこそ初めて習得するものであり、裏技は存在しないという意味。, 【故事】 中国の故事で、詩人である杜黙(ともく)の詩が定型詩の格式にほとんど合わなかったことから。, 【故事】 出展は「後漢書」です。後漢の学者に推薦(すいせん)されて役人になった人が賄賂(わいろ)を贈ろうとしたとき、「夜なので誰にも気づかれません」と言ったところ、学者が「天知る、地知る、我知る、子知る。何をか知る無しと謂(い)わんや=天の神も知っている、地の神も知っている、わたしもあなたも知っている。だからひそかにやっているつもりでも不正はいつかきっと露見(ろけん)する」と答えたという故事に基づいています。, 【故事】 漢(かん)の国の皇帝の成帝(せいてい)のとき、朱雲(しゅうん)という家臣が上役の悪だくみを知り、成帝(せいてい)に何とかするようにといさめた。成帝(せいてい)はたいへん怒り、朱雲(しゅうん)を御殿(ごてん)から引きずりおろそうとした。朱雲(しゅうん)は、欄檻(らんかん…てすり)につかまって必死に訴えた。欄檻(らんかん)は折れ、地面に落とされても朱雲(しゅうん)は訴え続けたことから、この語ができた。(漢書), 【故事】 故事成語の意味3つ目は、故事成語は「西晋(せいしん)の陳寿(ちんじゅ)による歴史書「三国志」に記されている言葉」ということです。三国志は、司馬遷が活躍していた中国前漢時代よりも後の時代で、魏(ぎ)・呉(ご)・蜀(しょく)三国の歴史が記されています。 時代と国を越えて語り継がれる故事 … 火中の栗を拾うの語源になったといわれているのが、十七世紀のフランスの詩人ラ・フォンテーヌによるフランスの寓話「猿と猫」(Le singe et le chat)。『イソップ物語』をもとにした童話だといわれている。内容としては、一匹の猿と猫が暖炉の前で栗が焼けるのを見ていた。猿は猫をそそのかし、猫に暖炉の中の栗を取らせた。猫はひどい火傷を負った上に、火傷をしながら取った栗は猿に食べられてしまったという猫が踏んだり蹴ったりな話。, 事を完成するために、最後に加える大切な仕上げのたとえ。また、物事の最も肝要なところのたとえ。, 【故事】 中国・後秦の王嘉による志怪小説集『拾遺記』 より、「周の太公望は、若い頃貧乏なのに働かず読書ばかりしていたので、妻は愛想を尽かし出て行った。後に太公望が出世して高位につくと、出て行った妻が復縁を求めてきたが、そのとき太公望は盆の水をこぼして「この水を元に戻せたら復縁に応じよう」と言った。」という記述から。 中国前漢時代に歴史家・司馬遷によって編纂された中国の歴史書『史記』より。「春秋時代、趙の将軍・廉頗は、功績により自分より上位になった名臣・藺相如を恨んだ。しかし相如は二人が争いにより共倒れになることを懸念し、国のために争いを避けるつもりでいることを聞いた廉頗は、自分の考えを恥じ、深く反省した。そして廉頗は相如へ謝罪をし、二人は互いのために頸を刎ねられても悔いはないとする誓いを結んだ。」という記述から。, 【故事】 昔、中国の杞(き)の国の人が天地が崩れ落ちてきたらどうしようと心配して、夜も寝られず、食事もしなかったという故事による。「列子」より。, 【故事】
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