丸ノ内線の赤い電車、地球の裏から20年ぶり帰郷 古里東京で動態保存へ(乗りものニュース)【動画あり】東京の地下鉄丸ノ内線で役目を終え、遠く地球の裏側、アルゼンチンで“第二の人生”を送っていた「赤い電車」500形が、… ・下りホーム(長野方面)を「四季島」停車に合わせて約18cmかさ上げ。 その内部は、とにかく「信州」であるのが大きな特徴。信州が「みそ」で知られることから「みそ蔵」をイメージしており、壁の下部には竹細工を装飾して、みそ蔵にあるみそ樽の「たが」を表現。「信州らしさ、姨捨らしさを意識した、蔵を感じさせる空間」がコンセプトといいます。, 姨捨駅の夜景ラウンジ「更級の月」内部。壁の白い波板は、ここから眺められる信州の代用的な川「千曲川」がイメージされている(2017年3月、恵 知仁撮影)。, この夜景ラウンジ「更級の月」建設にあたって、資材やデザイン、製作をできる限り信州エリアで行うことが考えられました。カウンターのテーブルは、姨捨駅のある長野県千曲市のヒノキ。加工業者も地元で、アクセントとして、千曲市の名産であるアンズの木を使い、姨捨駅舎の窓枠の形「亀」のモチーフが埋め込まれました。 情報伝達手段が未発達だった当時は、管内における道路の異常を広く把握するのは困難だったので、その情報収集のために設けられました。連絡所の受託者にも一応の基準があり、たとえばタクシーやバスの運転手など、その道路を頻繁に行き来するような人が選ばれたようです。 営団500形電車(えいだん500がたでんしゃ)は、1957年(昭和32年)から1996年(平成8年)まで帝都高速度交通営団(現・東京地下鉄(東京メトロ))丸ノ内線に在籍していた通勤形電車。. ●信州ピンチョス 車両基地での公開も、丸ノ内線は車両へ電気を供給する設備が地上にあるため、安全を考えると簡単ではない部分もありますが、はるばるアルゼンチンから帰ってきた電車にどんな形で再び出会えるか、「地下鉄90周年」の2017年12月を楽しみにしたいところです。, アルゼンチンから帰国し、横浜から中野へ運ばれる途中の元・丸ノ内線500形電車(2016年7月、恵 知仁撮影)。, 京都市内を中心に路線バスを展開する京都バス(京都市右京区)には、年に1本しかバスが走らないという路線が存在します。, 京都市左京区にある「江文神社前」バス停。年に1本だけ運行される京都バス95系統だけが停車する(画像:写真AC)。, その京都バス「95系統」は、京都市左京区の大原から、江文峠、市原、貴船口を通り、鞍馬に至るもの。毎年3月下旬の春分の日に、鞍馬行きの片道1本のみ運行されています。 2月26日(日)、境古河IC~つくば中央IC間が開通し、圏央道は東名高速から東関東道まで、東京から放射状にのびる高速道路6路線が結ばれました。 ※ ※ ※ ・上りホーム(松本方面)の待合室を、眺望が望めるよう整備。 たとえば悪天候や、路面冠水、倒木、落下物といった道路の異常について、道路管理者に連絡したり、あるいは管理者が現地に赴いた際に情報を提供する役割があります。1968(昭和43)年から始まった制度で、一般の人に連絡所としての役割を委託するものです。 管理者が現地に赴いた際に、連絡所の位置がすぐわかるようにするためです。いわゆる「標識令」に基づく道路標識ではありませんが、国として必要なものということで特例的に、連絡所の受託者に了解を得たうえで設置しています また「四季島」乗客の姨捨駅滞在中、地元の協力を得た「おもてなし」が行われるほか、信州のみそをはじめとする地元名産品の販売も実施されます。, 2017年5月から11月に実施される「四季島」1泊2日コースにおいて、この姨捨駅「更級の月」で提供される料理は、夕食後の訪問であるため、担当した「ホテルメトロポリタン長野」の料理長、上海正博さんは「あくまでお酒のさかなを用意」しながら、「長野を満喫できる『宝箱』」をイメージしてメニューを考えたと話します。, 姨捨駅「更級の月」で提供される2017年5月の軽食(2017年3月、恵 知仁撮影)。, 姨捨駅「更級の月」で提供される2017年5月のメニューは以下の通りです。 ●長野県産旬のフルーツ ブエノスアイレスから大黒埠頭に到着した旧丸ノ内線500形車輌。 (東京地下鉄プレスリリースより) 本日、東京地下鉄(東京メトロ)から、アルゼンチン共和国ブエノスアイレスで活躍していた丸ノ内線旧500形車輌について、東京への里帰りが発表されました。 「営団500形電車」は、1954年の丸ノ内線開業から3年後にデビュー。300形、400形と同じく真っ赤な車体に銀の波線があしらわれた白帯の電車で、機能もデザインも21世紀にも通用するようにと、当時の最高の技術を投入した車両でした。 高松琴平電気鉄道1000形電車(たかまつことひらでんきてつどう1000がたでんしゃ)および3000形電車、5000形電車は高松琴平電気鉄道が保有する通勤形電車である。. 駅の利用者数は非公開ですが、登山のために利用される方が多い印象です。 地下鉄博物館に展示されている、丸ノ内線の初代車両300形のトップナンバー、301号車を掲載します。1954年の丸ノ内線開業前の1953年に製造された車両で、国内で唯一残る300形として貴重な存在となっています。 博物館に入るとすぐに見えてくる鮮やかな赤色の電車、それが301号車です。 信州聖高原味噌漬けチーズ 観光スポットにははやりすたりがあり、その“トレンド”は時々によって変化します。将来的に需要が増える可能性を見越して、路線を廃止せずに維持していました。 路線識別マークは車両の行先表示器と並べて表示されます。, 大津線を走る車両の現行デザイン。上から600形、700形、800形(画像:京阪電鉄)。, 国土交通省とNEXCO東日本は2017年3月10日(金)、圏央道・境古河IC~つくば中央IC間の開通後1週間における交通状況を発表しました。 ç©ãå±ãã«ã2å¹ã®ç«ã®é
éå¡, ããããã¦ãµã®ã®åºå¡ããã人æ°, ããããããè¬å¤å¸«ï¼ã話é¡ã«, ç¬ç¨®ã¯ï¼ãè¶è²ã®ãã¹ãã¼ã§ãã, ã©ãã³ããµã¡æé£ï¼å°éå®¶ãé©ã, ãã³ãã®èµ¤ã¡ããèªçãåæå±±, åç«å°ç¨ã®ããã¤ããã¥ã³æ»ç¶åº. 3.5 旧丸ノ内線300形・500形・900形 3.6 マドリードの中古車両 3.7 旧東山線300形・250形・名城線1200形 3.8 旧東山線5000形 3.9 メトロポリス電車 3.10 caf-gee電車 4 関連タグ 2017年3月7日(火)に「奄美群島国立公園」が誕生し、2018年のNHK大河ドラマは『西郷(せご)どん』。そして、最短で2018年にも奄美群島などが「世界自然遺産」に登録される可能性があります。こうしたなかJACの加藤社長は、鹿児島の島々を結ぶ同社の路線はまず「生活路線」であるとともに、「観光路線」でもあるため、JALグループで連携し、この地域に国内外から人を呼び込んで地域活性化につなげたいとのこと。そして、そのための「戦略機材」として、新しいATR42-600型機に期待していると話します。 ――路線を廃止するとどうなるのでしょうか。 インターネットも携帯電話もない時代に、道路管理を円滑に進めるために生まれた制度であることがわかりました。東京では活用されていないようですが、そこには、国が市民とともに道を守っていく姿がありました。, 「国道情報連絡所」の看板が掲げられていたのは、なんの変哲もないごくありふれたビルの入口(2017年3月、中島洋平撮影)。, 電車で到着して、駅から出るのにおよそ10分もかかる駅があります。 ●信州伝統野菜の香の物 1996年まで40年近く東京メトロ丸ノ内線の顔として親しまれた「赤い旧型車両」500形。引退後、アルゼンチンの地下鉄で「第二の人生」を歩んでいたが、このたび若手社員の車両保守教育に役立てる目的で帰国。車両の補修を経て、12月10日に中野車両基地で一般公開が行われた。 このATR42-600型機についてJACの加藤洋樹社長は燃費、騒音、CO2の排出量など環境性能が優れており、「エコ・プロップジェット」と呼ばれている機体で、滑走路が短い空港の路線を有する同社に最適であると、また奄美群島国立公園の島々を結ぶJAC、そうした美しい日本の島々の環境保全にも、この「エコ・プロップジェット」は役立つと話します。燃費が良く、運行コストが低いのも特徴だそうです。, ATR42-600型機の特徴として、JACの加藤社長は静かで広い快適なキャビン、十分な収納といった「居住性」を挙げます。 丸ノ内線300形の増備車として登場した車両(400形)で、下2桁は300形からの続番(300形は30両製造なので330まで、400形は431からスタート)で444は14番目、1956年汽車製造製。丸ノ内線で使用さ … ・待合室の床など内装の美化。 丸ノ内線新型車両2000 ... 2000系の検査を行っている中野車両基地には2016年に里帰りを果たした500形があります現在も動態保存 に向けて補修を進めています活躍中の 02系と今回搬入された2000系も含めると3世代が揃うことになります! 本項では同線に在籍した営団300形電車、営団400形電車、営団900形電車についても記述する。 カメラや情報伝達手段が発達したこともあり、現状としては活用されていませんが、制度としては残っています。 東武博物館保有動態保存車両 客車12系(2両)・14系 スハフ14-1(右)スハフ14-5(中央)、オハフ15-1(左) 客車12系2両(オロ12-5、オロ12-10)は、国鉄が1969(昭和44)年から1978(昭和53)年まで、合計603両を製造した急行形座席客車12系のうちの2両で、1969(昭和44)年6月製でオハからの改造車です。 その南米で20年以上も走り続けた元・丸ノ内線の500形電車が2016年7月、日本へ帰り、横浜港から中野車両基地(東京都中野区)へ陸送ののち、動態保存に向けた作業が行われてきました。, 落書きが消され、「往時の丸ノ内線」に近づいた500形電車(2017年3月12日、恵 知仁撮影)。, アルゼンチンから戻った当初、その車体には多くの落書きがありましたが、2017年3月12日(日)に中野車両基地で見た車両はそれらが消され、「往時の丸ノ内線」に近づいていました。 丸ノ内線車両動態保存決定! 現東京メトロ丸ノ内線でかつて活躍していた500形が譲渡先のアルゼンチンでの活動を終え、日本に里帰りする事が決まり、先日日本に到着、そのまま丸ノ内線の中野の車庫に … ※ ※ ※ なお3月26日(日)の10時30分から15時30分まで、鹿児島空港ホテル前の日本エアコミューター格納庫内で「JACフェスティバル」(入場無料)が開催され、ATR42-600型機の展示やミニライブなどが行われます。, JACはATR42-600型機の初号機と2号機に、地元・鹿児島のデザイン学校とコラボした特別塗装を採用。鹿児島の島々を象徴するハイビスカスなどが描かれる(2017年3月10日、恵 知仁撮影)。, 東京、神奈川の京浜地区で、「一国(いちこく)」と呼ばれる道路があります。国道1号の呼び名と思いきや、地元では国道15号を指す言葉です。その15号は、東京の日本橋を起点とし、品川駅前や川崎市内を経て、横浜市神奈川区の青木橋交差点に至る国道です。, 一方、国道1号も、15号より山側を通る形で京浜地区を縦断しています。なぜこのようなややこしい状況になったのでしょうか。国土交通省東京国道事務所に聞きました。 1996年まで丸ノ内線で走っていた赤い車両(500形等)は何両か保存されており、その1で地下鉄博物館の車両等を紹介しましたが他にも撮影しています。 八王子市こども科学館 サイエンスドーム八王子の敷地内にて保存されている営団500形652号。 ハイチェア、ローテーブル、ソファは長野県飯綱町在住の木工芸家、松本啓直さんが製作。その多くに長野県産材の木材が用いられているほか、梁(はり)は、美しい木目と強さを併せ持っているという「信州カラマツ」を用いた「信州型接着重ね梁」です。長野県内に多く存在する直径が比較的細い木材の有効利用方法として、注目されている材料といいます。, 2017年5月から11月に実施される「四季島」1泊2日コースでは、この姨捨駅におよそ1時間滞在。車内で夕食を楽しんだのちの訪問であるため、夜景ラウンジ「更級の月」ではお酒に力が入れられています。, 姨捨駅の夜景ラウンジ「更級の月」で用意される長野のお酒。「ホテルメトロポリタン長野」はJR東日本グループ(2017年3月、恵 知仁撮影)。, このたび用意されたお酒はもちろん長野県のもので、日本酒は純米や古酒、発泡タイプなど4種類。担当した「ホテルメトロポリタン長野」の佐藤 昇担当支配人は「夜景を見ながら地酒をお楽しみいただきたい」と話します。信州名産のワインは「夕食後なので軽めで口当たりの良いもの」(佐藤さん)を用意しているそうです。お酒が飲めない人向けには、地元・千曲市の名産であるアンズが入ったハーブティーが用意されました。 常磐道~東関東道間に位置する圏央道の稲敷IC~稲敷東IC間は、開通前1週間と比較し、開通後1週間は交通量が23%増えて1日平均約1万6800台に。同様に、関越道~東北道間に位置する桶川加納IC~白岡菖蒲IC間も、18%増えて約4万8500台になりました。なお今回の開通区間である境古河IC~坂東IC間は、1日あたり約2万2600台です。, 圏央道・境古河IC~つくば中央IC間の開通による交通量の変化(画像:NEXCO東日本)。, 一方、外環道の草加IC~外環三郷西IC間は9%減の約6万200台に、常磐道の谷田部IC~つくばJCT間も8%減の5万7700台になるなど、圏央道以外では交通量が減少した区間もあります。 丸ノ内線の新型車両 2000系が、製造元の日本車輌製造 豊川製作所から東京メトロ 丸ノ内線 中野車両基地に運ばれたんだって。 その搬送風景が Twitter に続々と投稿されてて、 2017年3月18日(土)から、95系統とほぼ同ルートで大原~貴船口間に55系統を新設します。これは近年、特に貴船エリアを訪れる人が増えたために新設するもので、毎日3往復の運行です。ただ、95系統も引き続き年1回運行します。 ●信州の芽吹き その場所は長野県千曲市、「姨捨山伝説」の地でもある篠ノ井線の姨捨(おばすて)駅です。同駅周辺は善光寺平(長野盆地)と棚田を一望できることから、古くより「日本三大車窓」のひとつに数えられています。特に夜景は、街の灯りがいわゆる「宝石をちりばめたよう」に眼下へ展開。それを楽しむための観光列車「ナイトビュー姨捨」は、「日本夜景遺産」に認定されるほどです。, 正面に姨捨駅のホームと線路、「日本三大車窓」の風景が広がる夜景ラウンジ「更級の月」(2017年3月、恵 知仁撮影)。, JR東日本は2017年5月1日(月)より、同社の“フラッグシップ”となるクルーズトレイン「TRAIN SUITE 四季島(トランスイートしきしま)」の運行を始めるにあたって姨捨駅に注目し、その「日本三大車窓の夜景」を楽しむコースを設定。無人駅の同駅にこのたび、「四季島」乗客向けの夜景ラウンジ「更級の月」が設けられました。 かつて上越線が単線(ひとつの線路を上り列車と下り列車が共用)だった時代は、ホームは地上だけにありました。1960年代、下り線として新清水トンネルが開通し、上越線が複線(上り線と下り線それぞれ1線ずつ)になったことで、地中にあるホームが誕生しています。以後、この新清水トンネルの途中に設けられたホームは下り列車用、それまで使われていた地上のホームは上り列車用になり、現在へいたっています。, ――なぜトンネルのなかにホームを造ったのでしょうか。 夜景ラウンジの名称について、姨捨駅付近が平安のころから「名月の里」として知られていること、「更級」という古くからあるこの地の名前の響きを伝えたいという思いから、「更級の月」にしたとのこと。 線路の上で動かせる「動態保存」の状態で社員教育やイベントでの活用を目指している。 ジャカルタでは東京メトロ、jr東日本、東急の電車が沢山走る. 先週のここで,“…とにかく,大好きな電車のひとつだったから.”と記した,営団地下鉄丸ノ内線の500形電車. なんというタイミングだろうか.今日のお昼,東京地下鉄から,“アルゼンチン共和国ブエノスアイレスで活躍した丸ノ内線旧500形車両が約20年ぶりに東京に里 長野県産鹿肉ソーセージ 国道15号はかつて国道1号の一部で、現在の国道1号「第二京浜」は、第一京浜国道のバイパス「第二京浜国道」として建設されたものです。京浜地区では、国道1号をこうした理由から「二国」と呼ぶことがあり、さらにややこしいことになっています。, 京浜地区では、国道1号は国道15号の山側を通る(国土地理院の地図を加工。国道1号については記事に関連する箇所のみ図示)。. 今回は観光需要に応える形で系統が新設されますが、これも、年に1本の運行ながら路線の免許を維持していたことで、「柔軟に対応できた側面もある」(京都バス)そうです。, 鉄道博物館(さいたま市)は2017年3月7日(火)、JR東日本会社発足30周年事業として進めている新館建設と本館全面リニューアルの第1弾として、「キッズプラザ」と「科学ステーション」を4月27日(木)にオープンすると発表しました。 王滝村 王滝蕪酢漬け 保存車 丸ノ内線400形 454号車 搬出 2012-08-28 2019-03-25 ebi 鉄道 目黒のビルの谷間で真っ赤な車体にサインカーブが描かれた丸ノ内線400形を発見! ――利用者はどのくらい存在し、どんな人が使っているのでしょうか。 今日私は、中野車両基地に来ております。 ここでは、ブエノスアイレスから里帰りした丸ノ内線500形の報道公開が行われています。 丸ノ内線500形は1957年にデビュー、1996年に引 ・跨線橋下の上屋を整備。 野沢温泉 野沢菜漬け ちなみに、姨捨駅を訪問する2017年5・6月出発「四季島」1泊2日コースの旅行代金は、1人32万円から45万円です(2名1室、びゅうトラベルサービス取り扱い分)。, 線路がスイッチバック構造で、発着列車が進行方向を2回変更する姨捨駅。その駅名標も「スイッチバック」になっている。背景は善光寺平の夜景(2016年12月、恵 知仁撮影)。, JAL(日本航空)グループで、鹿児島県の離島などに路線網をもつJAC(日本エアコミューター)が2017年3月10日(金)、新たに導入するATR42-600型機のお披露目式を、拠点を置く鹿児島空港で実施しました。, ATR42-600型機のお披露目式では、白い機体をスクリーンに見立て、同機の紹介などが行われた(2017年3月10日、恵 知仁撮影)。, ATR社は、フランス・エアバスグループとイタリア・レオナルドの共同事業体として設立されたリージョナル航空機メーカーで、日本の航空会社が同社の機体を導入するのは、熊本県の天草エアライン(2016年営業運航開始)に続きJACが2社目で2機目。JACはATR42-600型機を、今回お披露目された初号機と合わせて9機、購入する計画です。 1957(昭和32)年から製造された、赤い車体と側面のサインカーブが特徴の500形電車は、一部の車両が丸ノ内線での役目を終えたのち、アルゼンチンのブエノスアイレスで「第二の人生」を送っていました。 そこには、子どもの頃、親に連れられて上京したときに見た「昔の丸ノ内線」の姿があった。南米アルゼンチンに渡ったはずの旧型電車「500形」が2016年に“帰国”。丸ノ内線を走っていた頃の姿で復元され … そしてまもなく、500形は新木場車両基地(東京都江東区)へ陸送され、本格的な修繕がスタート。そして日本の地下鉄が開業90周年を迎える2017年12月に、「往時の丸ノ内線」が姿をあらわす予定です。ただ、新木場へ運ぶのは車体のみで、足回りなどは中野でメンテナンスが行われます。, アルゼンチンから日本へ帰ってきた元・丸ノ内線の500形電車ですが、東京メトロの担当者によると、一応走れる状態で戻ってきたため、走行系の部分は比較的状態がいいものの、車体については腐食が激しく、修繕が容易ではない部分もあるそうです。実際に見たところ、車体の“すそ”が一部、腐食でボコボコになっていました。, なお500形は4両がアルゼンチンから戻りましたが、新木場へ送られ整備されるのは3両です。1両は部品取りなどを想定した予備車両とのこと。 Twitter上では結構前に噂として流れていましたが、20年前にブエノスアイレスへと旅立った営団500形がまさかの帰国! 流石に本線上での動態保存は見送られたようですが、地下鉄博物館の301号車以外にも丸ノ内線の美しい車両を見ることが出来るようになるのは非常に嬉しい 広大な吹き抜け構造となる本館では、500系新幹線電車、寝台特急でも活躍した581形電車、ボンネット型の489形電車というjr ... 現存する日本最古の鉄筋コンクリート造りの扇形車庫に、動態保存車両8両(営業運転車両3両)を含む蒸気機関車20 ... 引込線. ・駅舎本体の劣化した屋根の全面葺き替え。 東京メトロはこの500形動態保存について「鉄道技術発展に貢献した車両として保存することにより、教育の充実を図るとともに、各種イベントで活用していく予定」としており、具体的な活用方法について担当者は今後検討していくといいます。再び丸ノ内線の「本線」を走ることを期待したいところですけれども、現実的には保安装置が現在とは異なるなどの理由から、不可能ではないものの、難しいかもしれません。 丸ノ内線500形 入換作業【新木場cr編】(東京メトロ 動態保存にむけて) 00:06:58 陸送を終えて、新木場CRに入場した「丸ノ内線500形」の入換作業です。 JR東日本は鉄道の「変わらぬ使命」として「地域との連携強化」を掲げており、クルーズトレインを通じて地域の人々とともに地域が持つ魅力の掘り起こしや磨き上げを行い、地域の力にもなる「架け橋」としての役割を、クルーズトレインに持たせて行きたいと考えているとのこと。「四季島」の運行を通じ、地域のさまざまな魅力を掘り起こし、情報を発信することで、地域の活性化に貢献していくとしています。 ただJR東日本長野支社によると、このラウンジは将来的に「四季島」乗客以外にも利用してもらうことを考えているといい、豪華クルーズトレインはハードルが高くとも、それ以外の形で「日本三大車窓の夜景ラウンジ」を楽しむことができそうです。 内容は2か月ごとの変更が基本ですが、フルーツなど、その時期その時期で旬のものを使うそうです。 ――現在も活用されているのでしょうか。 ――土合駅の出るのに10分かかるホームは、どうして誕生したのでしょうか。 ――制度が生まれた背景は。 鉄道博物館に展示されている103系には、かつて走っていた中央線(だいだい色)、京浜東北線(水色)、総武線(黄色)、山手線(うぐいす色)、常磐線(青緑色)の色がデザインされます。また、「キッズプラザ」にはこのほか、カフェや小さな子供が安心して遊べる乳幼児ゾーンも設けられます。, 2017年4月27日にオープンする「科学ステーション」のイメージ(画像:鉄道博物館)。, 「科学ステーション」は「鉄道の科学」をテーマにした実験型の展示室です。鉄道の基礎知識や走る仕組みなどが学べます。 タラの芽、山ウド、アスパラガス、白霊茸、フルーツ人参、安曇野大豆豆腐、信州正油豆 ※ ※ ※ 須坂村山 早生牛蒡正油漬け 本館の「ラーニングゾーン」が、1階は「キッズプラザ」、2階と3階は「科学ステーション」として生まれ変わります。, 「キッズプラザ」では、展示されている103系電車が“水玉”のデザインに。今回のリニューアルにあわせ、鉄道博物館が2016年に公募を行い、応募総数6536票のなかで人気が高かったデザインを採用したといいます。, 103系は1963(昭和38)年に登場し、1984(昭和59)年までに日本で最も多い3447両が製造された国鉄の車両です。全国の通勤路線で広く使用され、現在もJR西日本とJR九州の一部路線で引き続き使われています。 ちなみに姨捨駅は、全国でも数少ないスイッチバック方式の駅。停車する列車は、進行方向を変えながら駅を発着します。, 姨捨駅の夜景ラウンジ「更級の月」、ホーム・線路と平行になる形でカウンターテーブルが設けられており、飲食を楽しみながら正面に夜景を眺めることが可能。もちろん「トレインビュー」です。 確か、1953(昭和28)年の丸ノ内線池袋—お茶の水間開業時は2両編成だったと思うのですが、東京駅開業から3両編成になり、1981(昭和56)年に2000形2両で運行されていた方南町支線が3両編成に組み替えれてからは、2両編成は見られなくなっていました。 同機は、JACが1992(平成4)年に運航を始めたサーブ(SAAB)340B型機の後継として導入されますが、それと比較し客室が広くなり、頭上の収納棚も大型化。このクラスのターボプロップ機では入らなかった大きさの手荷物も収納可能なほか、座席はJAL国内線で運航されている「JAL SKY NEXT」仕様に準じた全席革張りシートを採用しています。また、鹿児島の離島を結ぶ「生活の足」でもあるため、機内にストレッチャーを設置できるのも特徴です。, ATR42-600型機の機内。座席数は標準仕様で48(2017年3月10日、恵 知仁撮影)。, ATR42-600型機は、4月26日(水)以降に鹿児島~屋久島線、鹿児島~沖永良部線で運航を開始する予定で、5月25日(木)には鹿児島~奄美線にも就航する予定です。 丸ノ内線・旧500形車両、アルゼンチンから20年ぶりに里帰り 営団丸ノ内線で使用していた旧500形車両がアルゼンチンから約20年ぶりに里帰り。 営団500形がイラスト付きでわかる! ここでは、かつて営団地下鉄で使われていた300形・400形・500形・900形について解説。 概要 帝都高速度交通営団(営団地下鉄)で使用されていた300・400・500・900形電車は営団地下鉄初のカルダン駆動車として登場し、丸ノ内線の路線開業時より運用されていた。 確か、1953(昭和28)年の丸ノ内線池袋—お茶の水間開業時は2両編成だったと思うのですが、東京駅開業から3両編成になり、1981(昭和56)年に2000形2両で運行されていた方南町支線が3両編成に組み替えれてからは、2両編成は見られなくなっていました。 「窓に広がる姨捨の夜景、地域素材の食・飲み物、そして県産材をふんだんに使用したラウンジと、余すところなく信州を味わっていただくことで、姨捨が『TRAIN SUITE 四季島』の旅のなかでより一層記憶に残る場所となることでしょう」(JR東日本 長野支社) なぜこのようなバス路線があるのでしょうか。京都バスに聞きました。 なお、現在閉鎖中の「鉄道模型ジオラマ」は7月中旬ごろにオープン予定。新館開館と本館全面リニューアルは2018年夏の予定です。, 2017年4月27日にオープンする「キッズプラザ」のイメージ(画像:鉄道博物館)。, 京阪電鉄は2017年3月13日(月)、大津線(京津線、石山坂本線)を走る車両のカラーデザインを、京阪線一般車両と同様のものに順次変更すると発表しました。 群馬県と新潟県を結ぶ上越線の土合駅(群馬県みなかみ町)です。この駅の下りホーム(新潟方面行き)は、群馬・新潟県境の山岳地帯を貫く新清水トンネル(1万3500m)の途中に存在。そのため、地中にあるホームへ降りてから地上まで462段もの階段を登る必要があり、駅から出るのにおよそ10分かかるのです。, 462段ある土合駅の階段。エスカレーターやエレベーターはない(2009年8月、恵 知仁撮影)。, なぜこのような駅が生まれたのでしょうか。JR東日本高崎支社に聞きました。 千曲産杏ぴくるす アルゼンチンからはるばる帰ってきた帝都高速度交通営団(営団地下鉄。現・東京メトロ)丸ノ内線の「赤い電車」500形。まもなくその動態保存(動く状態での保存)に向け、本格的な修繕が始まり 京津線マークのコンセプトは「山を越えて東西へ」。山をイメージした緑色の三角と、4両編成の列車を抽象化した破線で構成されています。, 石山坂本線マークのコンセプトは「湖のほとりを南北へ」です。琵琶湖をイメージした青い三角と、2両編成の列車を抽象化した破線を配置。色は沿線に点在する神社・仏閣の歴史を感じるものにしたといいます。 本項では同線に在籍した営団300形電車、営団400形電車、営団900形電車についても記述する。 ・「営団地下鉄300形の30年」 里田啓、鉄道ピクトリアル1984.4 ・「地下鉄丸ノ内線と300形電車30周年」 望月宏、鉄道ファン1984.4・5(No.276と277) ・鉄道ピクトリアル1987年12月臨時増刊「帝都高速 … ・跨線橋を美化したほか、ガラス部分を広くして眺望を楽しめるようにした。 大原と鞍馬という、市内北部の2大観光地を結ぶ路線としてスタートしました。当初は土休日の運行でしたが、利用が伸び悩み、やがて年に1回の運行になりました。, ――年に1本では廃止してもよいように思いますが、なぜ残しているのでしょうか。 建物1階に入居している店舗に尋ねてみても、「うちじゃない」とのこと。思い切って建物の大家と思われる部屋のインターホンを押してみましたが不在で、それ以上の糸口をつかむことができませんでした。 帝都高速度交通営団(営団地下鉄)で使用されていた300・400・500・900形電車は営団地下鉄初のカルダン駆動車として登場し、丸ノ内線の路線開業時より運用されていた。 1988年より02系による置き換えが始まり、1996年までに運行終了となった。一部の車両は個人へ売却されたほか、旧形車置き換えを計画していたアルゼンチン・ブエノスアイレス地下鉄へ移籍した。また、301号車は「地下鉄博物館」にて保存・展示されている。 その後、ブエノスアイレス地下鉄で活躍していた584・734・752・771号車 … 子どもの頃、親に連れられて上京したときに見た「昔の丸ノ内線」の姿が、確かにそこにあった。南米アルゼンチンに渡ったはずの旧型電車「500形」が2016年に“帰国”。このほど、丸ノ内線を走っていた頃の姿で復元されたのだ。(鉄道ライター 草町義和) まず路線の新設についてお話すると、国土交通省に路線を運行する申請をし、沿道の住民や警察と協議したうえでバス停の位置を決めるといった手続きが必要になります。路線をいったん廃止してしまうと、いざ復活させたい場合にこうした手続きを最初からやり直さなければなりません。 ちなみに「宝箱」の箱は、ハイチェアなどを手がけた木工芸家の松本啓直さんによるもので、フタには「四季島」のマークが入れられています。, 夜景ラウンジ「更級の月」の外観は、1934(昭和9)年に建設された姨捨駅舎のデザインに合わせられました。, 左側にある建物が姨捨駅「更級の月」。それと同じホームの向かって右側、少し奥まっているところが姨捨駅舎(2017年3月、恵 知仁撮影)。, そのほか姨捨駅では「四季島」運行にあたり「更級の月」建設と合わせて、以下の整備が行われています。 代替として、新型の02系に置き換えが進んでいた500形のうち18両が3両編成の分岐線専用車となった。 途中1編成が別の車両に置き換えられた。 そして平成7年2月末に本線から500形が引退した後も活躍を続け、平成8年7月に02系の分岐線専用編成編成が就任するのに合わせて廃車となった。 ――国道15号が「一国」と呼ばれることがあるのはなぜでしょうか。 八王子JCT~つくばJCT間の所要時間は、中央道、首都高C2中央環状線、常磐道経由の約100分から、圏央道経由で約85分になりました。しかし、暫定2車線で開通した久喜白岡JCT~つくばJCT間では、特に朝夕に走行車線と追越車線の合流部において混雑と渋滞が発生しているといいます。国土交通省とNEXCO東日本はこの区間について「引き続き、交通状況をきめ細かく把握してまいります」としています。, 2017年2月27日17時26分、久喜白岡JCTから幸手ICにかけての交通状況(画像:NEXCO東日本)。, 国道を管理する国土交通省の施設を指し示しているのかと思い周囲を見ると、それらしき施設は何もなく、標識前に建つビルの入口に、小さな「国道情報連絡所」の看板が掲げられていました。 営団丸ノ内線440: 川越市 営団丸ノ内線444 ワテ(σ_σ)φ様ご提供 画像追加: 鳩山町トロッコ公園: 鉄道博物館駅 ニューシャトル部品 画像追加: さいたま市ほしあい眼科 羽幌炭砿鉄道キハ223: 陸上自衛隊朝霞駐屯地 輸送科学校 100式牽引車: 個人宅保存 現在、大津線では、若草色と青緑色のツートンカラーである600形電車、700形電車と、パステルブルー、灰白色、刈安色(黄色)の3色を用いた800形電車が走っていますが、そのいずれもが、京阪線の一般車両デザインである濃緑色と白色に黄緑色の帯を巻いたデザインに統一されます。, カラーデザイン変更後の大津線車両イメージ。左から600形、700形、800形(画像:京阪電鉄)。, 変更は4月から着手され、6月には1編成目(700形)が営業運転を開始。そして2021年3月には全車両で塗装変更が完了する計画です。, また、これと同時に、京津線と石山坂本線に路線識別マークが設定されます。車両のデザインが統一されるため、今年6月からこのマークを導入し、両路線を識別しやすくするという目的です。 ――道路管理者のための制度だったのですね。では「国道情報連絡所」の標識は何のために設置されているのでしょうか。 この土合駅は「日本一のモグラ駅」と呼ばれており、かつて駅員がいた時代、下り列車は発車10分前に改札を終了する旨が時刻表にも書かれていました。, 土合駅の下りホームから地上へ向かう階段には、改札口まで約10分と書かれている(2009年8月、恵 知仁撮影)。, ちなみに近年は、この「モグラ駅」と付近のループ線を楽しむ列車が運行されており、2017年4月15日(土)には、水上~越後湯沢間で快速「やまどりもぐら」「やまどりループ」が、5月20日(土)と21日(日)、6月17日(土)と18日(日)には同区間で快速「NO.DO.KAもぐら」「NO.DO.KAループ」が、6月24日(土)と25日(日)には上尾~越後湯沢間で快速「谷川もぐら」「谷川ループ」が運転されます。それぞれ「もぐら」が“地中駅”を通る下り列車、「ループ」がループ線を通って山を越える上り列車です。, 上越線のうち、開通が新しい下り線は新清水トンネルで、開通が古い上り線は清水トンネルとループ線で上越国境を越える(国土地理院の地図を加工)。, 1日平均の乗車人員が61人(2015年度)という山中の無人駅に、JR東日本が夜景ラウンジ「更級の月(さらしなのつき)」を設けます。 ※ ※ ※ 「これから奄美エリアは追い風を受けます」(JAC 加藤洋樹社長) ――大原から鞍馬に向かう95系統は、なぜ年に1本しか運行されないのでしょうか。 1996年まで丸ノ内線で走っていた赤い車両(500形等)は何両か保存されており、その1及びその2で紹介しましたがもう少し撮影しています。 今回は2両紹介します。 千葉県いすみ市にあるポッポの丘の敷地内にて保存されている営団400形454号。 また整備される3両は、それぞれ異なる姿に“復元”されます。1両は登場当時の、1両は「B修」と呼ばれる車体更新後の、そして1両はアルゼンチン時代の姿です。 営団地下鉄2000形は1959年から1963年まで104両製造されました。 丸ノ内線の支線区間(中野坂上~方南町間)で100形の置き換え用として、1968年に10両が銀座線より転属し、その後1981年に輸送力増強(3両化)が行われる事になり、8両がさらに転属し3両編成全6編成が活躍していました。 国道15号は通りの名前を「第一京浜」といい、これはかつて「第一京浜国道」と呼ばれていたことに由来します。「一国」とは、国道番号に基づく呼び名ではなく、この「第一京浜国道」を略したものだと思います。なお、(京浜地区における)国道1号の通りの名前は「第二京浜」です。 ――今後、95系統は増便の予定があるのでしょうか。 営団丸ノ内線500形とは? 1954年、戦後初の地下鉄開通路線として池袋~御茶ノ水間が開通しました。その際に導入されたのが500形の前身である300形です。300形は当時高い技術を持っていた米国の車両技術を基に、日本の鉄道車両に新風を吹き込んだ車両です。 土合駅をはさんだ湯檜曽駅(群馬県みなかみ町)と土樽駅(新潟県湯沢町)のあいだは高低差が激しく、1931(昭和6)年に開業した現在の上り線は、ループ線(らせん階段のように円を描いて高低差に対処)と複数のトンネルを組み合わせて勾配を克服しています。しかし土木技術が進歩した1960年代には、これを新清水トンネル1本によって最短距離で結ぶことができました。このため、上越線の上下線を分離するにあたり、土合駅の下りホームは新清水トンネルの途中につくられることになりました。 【動画あり】東京の地下鉄丸ノ内線で役目を終え、遠く地球の裏側、アルゼンチンで“第二の人生”を送っていた「赤い電車」500形が、約20年ぶりにかつて暮らした「東京の家」に戻ってきました。今後、自走できる形で保存される予定で、「三世代そろい踏み」が見られるかもしれません。 新設される55系統は、一部で95系統と異なるルートを経由しますが、これまで95系統が年1本だけ走っていた区間(江文峠口~江文峠)にも毎日、路線バスが走るようになります。 営団500形電車(えいだん500がたでんしゃ)は、1957年(昭和32年)から1996年(平成8年)まで帝都高速度交通営団(現・東京地下鉄(東京メトロ))丸ノ内線に在籍していた通勤形電車。. アルゼンチンからはるばる帰ってきた帝都高速度交通営団(営団地下鉄。現・東京メトロ)丸ノ内線の「赤い電車」500形。まもなくその動態保存(動く状態での保存)に向け、本格的な修繕が始まります。 標識の裏側には、管理者として建設省(現・国土交通省)の出張所名と電話番号が記載されています。その出張所に問い合わせてみました。, ――「国道情報連絡所」とはどのような存在なのでしょうか。